千葉は3年前まで地元の葬儀社で働いていた。自分ならば、遺体の尊厳を守り、家族に引き渡してあげられる。
そう決心すると無償のボランティアとして遺体安置所の管理人をすることになった。
千葉が行ったのは冷たくなった遺体に声をかけることだった。生きていた時と同じように声をかければ死者は尊厳を取り戻す。
毎朝5時半に遺体安置所へ行くと、千葉は一体ずつドライアイスを取り換えながら声をかけた。
「昨日は寒かったね、ごめんね。でも、今日こそ家族が見つけに来てくれるからね。それまできれいでいるために少しだけ辛抱してね」
昼になると、少しずつ家族がやってくるようになる。行方不明の肉親が運ばれてきていないかどうか捜しに来るのだ。家族は次々と肉親が遺体となって横たわっているのを発見する。あちらこちらで嗚咽する声が響く。
ある親は毎日のように安置所にやってきて、生後54日の赤ちゃんの遺体の前で泣いていた。津波に飲み込まれた際、手を離したばかりに赤ちゃんだけ波に飲まれてしまったのだ。親は遺体の前で泣きながらくり返し謝っていた。
「ごめんね。死なせてしまってごめんね」と。
悔やんでも悔やみきれなかったのだろう。そんな時、千葉はそっと傍に寄り添い、こう語りかけた。
「坊やは、ママやパパが助けようとしてくれたことを感謝しているもんな。恨んでなんかいないもんな。天国からありがとうって言ってるもんな」
この言葉によって、遺された両親はどれだけ救われただろう。
千葉は、このように遺体や遺族に語りかけつづけた。死化粧をしたり、死後硬直をほどいたりしながら声をかけたこともあった。そのようなことのつみ重ねでしか、遺族の心を和らげることはできないことを知っていたからだ。
震災発生から約2カ月間、被災地の遺体安置所ではこうした光景が絶え間なくくり広げられていたのである。